胡刻本文選

 「胡刻本(ここくぼん)」と呼ばれる本があります。聞き慣れないかもしれませんが、『文選』の中でもっともよく知られた版本のことです。

 他の古書同様、『文選』も写本として成書したのち、宋代に入ってから、木版印刷されて流布するようになりました。中国においては、木版印刷の技術が唐代、8世紀頃に発明されましたが、木版印刷による出版が本格的に隆盛を迎えたのは、宋代(960-1279)に入ってからのことです。

 南宋(1127-1279)の淳熙年間(1174-1189)、無錫の尤袤(ゆうぼう、1127-1194)という人が、李善注『文選』を出版しました。前回お話ししたように、これは六臣注『文選』から李善の注を抜き出して再編集したものです。これが、「尤刻本(ゆうこくぼん)」と呼ばれるものです。なお、尤袤は大蔵書家として知られる人物で、『遂初堂書目』という彼の図書目録が現在でも伝えられています。

 嘉慶十四年(1809)、この「尤刻本」を清代の人である胡克家(1757-1816)が重刻しました。それが「胡刻本」です。胡克家が「重刻宋淳熙本文選序」にて「雕造は精緻、勘對は嚴審、尤氏の真本と雖も、殆ど是(こ)れ焉(これ)に過ぎざらん」と自負するとおり、造本・内容とも、非常に精巧に作られた本です。

 こうして「胡刻本」は、『文選』諸版本のうち、もっとも有名な李善注本となりました。現在、入手しやすい『文選』李善注は、1977年に出た中華書局の影印本、1986年に出た上海古籍出版社の点校本などですが、これらはいずれも「胡刻本」を用いています。「昭明余韻」では、今後『文選』を読み進めますが、影印本でも点校本でもかまいませんので、「胡刻本」系統の『文選』を一部、お手もとにご用意ください。